4年間の実体験で気付いた療育の本当の意義

重度の自閉症の息子が書いた文字

ひとつ前のブログ記事について、誤解を生む可能性があるかなぁと思いましたので、改めて私の考えを整理しながら記録しておこうと思います。

今回のテーマは重度自閉症における療育の意義についてです。

療育への見解

「自閉症療育の先にあるもの」という前回のブログで、「療育で自閉症が治るとは思っていない」という旨を記載しました。
前回紹介した講演会の中で、「療育で自閉症は治りません」と明言をしていた部分について、同意をしていました。

ただし、私は療育が自閉症の子どもたちにとって意義がないとは思っていません。

少なくとも、「重度自閉症」の子どもたちに対しては一定の効果があり、意義があると考えています。

なぜなら、私の息子がトレーニングによってできることが増えていった事実を実際に目の当たりにしているからです。

そのような実体験があるからです。

でも、療育をして進学した先に限定的な教育や就労、働き方が待っていることは親として課題視しています。ここは変わりません。

それでもなぜ、療育に意義があると考えるのか?

4年間、重度自閉症の親を経験して分かったことについて共有させていただきます。

 

今までを振り返って

私の息子は知的障害を伴う重度自閉症です。
自分の脳をコントロールするのが難しく、発話をしたり、自分が思うように行動することが困難です。
東田直樹さんに近しい症状だと思っています。(東田さんは文字盤で会話ができますが)

※知的障害という判定については、実は違和感がありこの辺りについてはまた別のブログ記事で言及しようと思います。

 

自閉症傾向の1つですが、私の息子も、最初は目を合わせることができませんでした。

呼んでも見てくれないことに対して、最初はおとぼけ屋さんだと思って笑っていた時もありました。
「こっち見てよ~(笑)」「おーい(笑)」と話しかけていた時期もありました。
自閉症と診断されてからは特有の症状ということでショックだったことを今でも覚えています。

食事もままなりませんでした。

スプーンやフォークを使わずに手を使い、シリコンの首掛けエプロンの中で水をかき回す。。
何度言っても直りませんでした。

椅子に座り続けることもできませんでした。

みんなが座っていても、立ち歩いてどこかに行ってしまうのです。

 

同級生が流暢に話を始めている頃、息子が話すことはありませんでした。

オウム返しの返事すらできませんでした。

名前を呼ばれて、手を挙げて、「はい」なんて言えませんでした。

「お名前は?」と言われて、「〇〇(フルネーム)です」とも言えませんでした。

 

同級生が自分で着替えをする頃、息子は自分で身支度はできませんでした。

靴下も履けませんでした。

靴も履けませんでした。

一人で洋服を着ることもできなかったし、

もちろん、ボタンも止められませんでした。

自分で手を洗うこともできなかったし、

歯磨きもできなかったし、うがいもできませんでした。

帽子をかぶり続けることもできなかったし、

リュックのファスナーを閉めることもできなかったし、

タオルで手を拭くこともできませんでした。

 

文字を書くこともできなかったし、

文字を読むこともできなかったし、

1単語だけでも要望を伝えることはできなかったし、

お水を自分で汲んで飲むこともできなかったし、

トイレなんて、息子1人では一生行けないかもしれないって思ったこともありました。

 

 

 

 

でも、全部、できるようになりました。

 

 

 

まだまだ荒削りだけど、できるようになったんです。

 

健常児になったというわけではありません。

あくまでできなかったことができるようになった、ということです。

 

もしかしたら、これらは療育に関係なく自然とできるようになっていったのかもしれません。

確かにその可能性もあります。

でも、

靴下を履く練習をして、靴下が履けるようになりました。

音読の練習をして、音読ができるようになりました。

トイレの練習をして、トイレに行くことができるようになりました。

 

靴下を履く練習をしていて、文字を書けるようにはなりませんでした。

音読の練習をしていて、トイレに行けるようにはなりませんでした。

だから、トレーニングをすることでできることは増やせるのではないかと考えています。

 

療育の意義

私の考える療育の意義はシンプルです。

息子ができることが増えたとき、嬉しそうにするからです。

自分もそうですが、健常児だってできること増えたら嬉しいじゃないですか。同じだと思います。

自分ができないと思っていたことができるようになるということは、自己肯定感を高め、自尊心を高めることに繋がると考えています。

つまり、療育の本当の意義は、自尊心を高めることにあると考えています。

一般的には社会的自立や就労や生活改善という名目もあるかもしれません。
社会的自立や就労するということは、療育の先にある1つの選択肢にしかすぎません。

息子に関わって下さった療育の現場の先生や色々な関係者の方は、みんな息子の一歩一歩の成長に向けて活動をして下さいました。

就労のためではなく、息子の喜びのためだったと思います。できることが増えて、涙してくれた時もありました。このブログは見ていないかと思いますが、改めまして本当にありがとうございました。

息子はきっと、先生方の思いやりと真剣な想いとまなざしから学んだことが多いはずです。

今回の私の経験は、知的障害を伴う重度自閉症の子どものケースですので、ある程度生活ができるタイプの自閉症の方には、この限りではないのかもしれません。

あくまで発話ができない重度自閉症児の親である私の個人的な見解として、療育は子どもの自尊心を高めることに繋がる可能性があり、本人が喜んでいるということが療育の一番の意義であると考えています。

子どもが喜んでいたら、結果的に親も嬉しいです。

最後に

私は今のところ、療育を絶対やった方がいい!とは言えません。

なぜかというと、大変だからです。

親が自らの想いで動き出さなければ、精神的に大きな負担になるはずです。

我が家では、私が仕事担当で、妻が4年間ずっと頑張ってくれてきています。

本当に心から感謝しかありません。

 

ご家庭で大事なことは、笑顔だと思います。

 

人間ですから、イラっとした時、悲しい時などはあると思いますのでその辺りは自然で良いと思います。

笑顔でいられるように意識して行動することが大切だと思います。

笑顔を失って無理して療育をするくらいなら、療育は避けた方が良いと思います。

発話をしない重度自閉症の子どもたちも、親の感情・機微はしっかりと捉えていますから内面で悲しみます。

親が前を向いて歩けると良いなと思いますが、無理をせず、焦らずに、自分のペースで、自分を信じていただければと思います。

 

本日もご覧いただきましてありがとうございました^ ^

 

P.S.

本日の画像は息子の作品です♪


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